東京高等裁判所 昭和26年(ナ)44号 判決
原告 上村美信 外二名
被告 千葉県選挙管理委員会
一、主 文
本訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「昭和二十六年四月二十三日行われた船橋市議会議員選挙における別紙目録に記載渡辺三郎以下二十八名の当選人の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との趣旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。
原告等は昭和二十六年四月二十三日施行の船橋市議会議員選挙に際し選挙人たりし者である。右選挙の結果別紙目録記載の渡辺三郎以下二十八名が当選人と決定されたが、右選挙の管理執行には幾多違法の廉があるのみならず、仮にこれが有効であるとしても、左の如き多数の無効投票が存在し、各当選人の当選は無効たるべきものである。即ち、
第一 船橋市においては選挙人名簿調製後他に転出した者千百余名あつて、その半数以上が投票している。投票者受付簿の閲覧が許されないので確認困難であるが、現在迄に判明したこの種無効投票だけでも遠藤初子外七十一名ある。
第二 不在者投票三百余票のうち医師の証明書の不備その他の理由による無効投票が二百票以上ある。その二、三を例示するに選挙人坂本章は昭和二十六年二月横浜市に転出し、当時沖繩に居住していたにかゝわらず、心臓病との医師の証明書により何人かゞ代つて投票している。中合たかの証明書には病名の記載なく、鈴木きよの証明書には単に病気とだけしか記載されていない。又医師の証明書中には全然診断もせずに作成されたものや医師以外の者が記載したものもあつて、実に乱脈無責任を極めている。
公職選挙法施行令の規定によれば、不在者投票用紙の請求並びに投票は直接又は郵便によるか、同居の親族によつて為さるべきであるにかゝわらず、選挙運動員その他第三者の手によつて為された無効投票が多数存在した。
第三 選挙人山口武雄はシベリヤ抑留中の弟山口福三の代理投票をしている。
而して本件選挙における投票総数は三万七千七百三十六票で、最高位当選人渡辺三郎の得票は千五百七十票、最下位当選人小川新一郎のそれは六百十三票、首位落選者小川順は六百十三票でこれと同点であり、最高位当選人と首位落選者の得票差は九百五十七票であるが、無効投票はこれを上廻る数に達し、従つて当選者全員の当選は無効となるべきものである。
原告等は右選挙並びに当選の効力に関し法定の期間内に異議の申立並びに訴願をしたところ、被告は昭和二十六年八月二十七日付を以て訴願棄却の裁決を与え、該裁決書は同月二十九日原告等に送達せられた。然るところ右訴願書には訴願の趣旨として選挙無効の裁決を求める旨記載されてあつたが、原告等の本旨は選挙無効に併せて当選無効をも主張し、仮に選挙が有効であるとすれば当選人全員の当選無効の宣言を求めるにあつて、その趣旨は訴願書の記載全体より明かに看取されるところである。従つて本訴は当選訴訟として適法なる訴願手続を経由したものである。
被告代表者は、訴却下の判決を求め、本件当選無効の訴についてはその前提として公職選挙法の定める異議訴願の手続を経由してないから、不適法として却下さるべきである。原告等の船橋市選挙管理委員会に対する異議の申立並びに被告千葉県選挙管理委員会に対する訴願の趣旨は、いずれも本件選挙に関する手続の違法を論難してこれが無効の宣言を求めるにあつて、選挙自体は有効であるとの前提に立ちつゝ、箇々の当選の有効無効を争うものではないから、本訴は結局訴願前置主義に違反し許されざること明かであると述べ、なお本案につき原告等の請求を棄却する判決を求め、原告等が本件船橋市議会議員選挙における選挙人であり、右選挙において渡辺三郎以下二十八名が当選したこと、投票総数、当選人及び落選者の各得票数が原告等主張の如くであることは認めるが、その余の原告等主張事実は凡て否認すると答弁した。(証拠省略)
三、理 由
本件においては、先づ原告等が当選無効の本訴を提起する前提として果して適法なる異議訴願の手続を経たか否かゞ問題となる。この点につき原告等の主張するところは、原告等は本件船橋市議会議員選挙の効力に関し、所轄選挙管理委員会に異議訴願の申立を為し、訴願棄却の裁決を受けたのであるが、右異議並びに訴願は選挙の効力を争う反面当選人全員の当選を無効とする実質的の主張をも包含し、本来選挙並びに当選の効力に関する二つの異議訴願を併せて為したものであつて、申立書の表題等に「選挙無効」とのみ記載したのは単なる記載上の不備にすぎないから、本件は正当に当選に関する訴願手続を経由した場合に該当するというのである。
然しながら、成立に争のない甲第一号証の訴願書(写)につき、その内容を精細に検討するも、原告等が船橋市選挙管理委員会及び被告千葉県選挙管理委員会に対し、本件選挙の執行が不正なることを主張して選挙を無効とする宣言のみを求めたことは極めて明瞭であつて、先づ当該選挙の無効なることを主張し、仮に選挙を有効とするも当選人全員の当選を無効とすべき旨の主張を併せて為したものとも到底解することはできない。原告等が選挙無効の事由として挙げるうちには、無権利者の投票又は不在者投票の規定に違反する不正投票等いわゆる潛在的無効投票に関する主張が存し、これ等は元来当選無効の事由とはなり得ても選挙全体を無効たらしむべきものではないけれども、原告等は兎も角もこれを以て選挙無効の事由たり得べきものと解し、その旨主張したのであつて、同一事由に基き予備的に当選無効の主張をした形跡はないのである。それ故にこそ右異議訴願に対応する各選挙管理委員会の決定並びに裁決においても、専ら事案を選挙の効力を争うものとして取り扱い、当選の効力如何を審査することなく、原告等の申立を排斥したものであることは真正に成立したと見るべき甲第二号証の裁決書写により顕かであつて、これもとより当然の措置といわねばならない。なお若し原告が右異議や訴願において選挙の無効を主張すると共に、当選の無効をも合せ主張する趣旨であつたとすれば、船橋市選挙管理委員会は異議申立に対する決定において、公職選挙法第二百五条に牴触するものではないとして異議申立を棄却し、単に選挙無効の異議申立として取扱い、当選無効の異議申立として取扱つていないのであるから(甲第一号証訴願書添付の決定書)、原告としてはこの棄却決定に対し訴願をする際には、この点の違法をも指摘し、当選無効の異議申立として取扱わなかつたのは違法であると主張すべき筈であるのに、このような主張をしておらず、却つて訴願書では「選挙は無効なりとの裁決」を求めると主張しているだけのことであるから、この点からみても、原告の異議及び訴願の本旨は選挙の無効だけを主張するにあつて、当選の無効を主張するものでないことがいよいよ明らかであるといわなければならない。
かように本件は訴願手続においては選挙の無効を主張しながら訴訟の段階に到り飜つて当選無効を主張するものであるから、当選無効の訴旨については公職選挙法の定める適法なる訴願手続を経由せざることに帰着し不適法として却下する外はないのである。よつて民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)
(別紙目録省略)